法人所得課税が法人の資金調達に与える影響

堀川 久

 法人は投資資金を負債,新株発行など種々の方法で調達している。課税が存在しない場合には,企業の投資政策を一定とすれば,経営者がどのような資金調達の方法を選択しても株主にとって無差別であることを示したModigliani-Millerの定理が広く認められている。

 一方,現在の税制では法人の投資からの収益の分配方法によって法人税と所得税で差別的取り扱いがなされているため,負債による資金調達が優遇されている。この論文は,法人の資金調達の選択に関して中立となるような法人所得課税の在り方を考察するものである。

第1章 資金調達の中立性

 最近,銀行の貸し渋りが取り沙汰されているが,銀行がその経営方針として土地の評価のみによって融資するかどうか判断することは問題ではない。しかしそのような経営方針を持つ資金提供者しかいないことは問題である。税制が負債による資金調達を優遇すると,株式市場自体の問題を差し置いても,土地を持たない企業が事業を遂行するのを難しくする。

 この論文で考えるのは,ある経営者が資金を調達するときに,別のある経済主体から形式的に負債の形をとるか,株主資本の形をとるかの選択についてである。

 この論文でいう課税の中立性は,必要収益率の相対的な水準が課税が存在しないときと比べて変わらないことをいうものとする。

第1節 資本コスト

 法人が投資資金を調達するとき,対価として資金提供者に収益を分配する必要がある。このとき要求される収益率が資本コストであり,これを資本家の視点で見れば金融資産の投資収益率となる。法人税と所得税は,経営者が行った投資収益に課せられ,その結果資本コストを上昇させる(*1)。

 資本コストは「資金提供者(資本家)を満足させるのに必要な最低収益率」と定義される。どの程度の収益率で資本家が満足するかは,資本家が他にどのような投資案件を持っているかによって異なる。例えば国債の利子率が10%なら,少なくてもそれ以上の収益率を資本家に提示しなければ資金を調達することはできない。また,資本家は経営者に資金を提供して実物投資させる代わりに,自ら実物投資を行うことができる。したがって資本家が実行可能な実物投資の収益率も資本コストと関係する。

第2節 税負担

 ところで法人所得が分配される過程で,法人段階で課税されようと資本家の段階で課税されようと同じ税引後収益率をもたらすための税引き前収益率を上昇させるという点で変わりない。よって課税の影響を考えるためには各段階の税負担を合算して検討する必要がある。資本家の視点で見ると,これは利子の税負担,配当の税負担,内部留保の税負担に分類できる。いずれも資金調達時に課税されるというより,投資収益の分配過程でそうなるので,資本家の視点で考える方が理解しやすいと考えられる。

第3節 配当政策

 配当政策は,投資資金を新株発行で資金調達するか,それとも配当を行わず内部留保で調達するかの選択である。さしあたり負債による資金調達は考えない。

 課税が存在しない場合,法人が新株発行するか,内部留保として資金調達するか,言い換えると収益を配当するかそうしないかは株主にとって無差別となる。

 法人が1単位よけいに内部留保すると,投資政策を所与とする限り外部資金を1単位必要としなくなる。したがって1単位の内部留保が同じだけのキャピタルゲインを株主にもたらし,1単位のキャピタルゲインと1単位の配当を株主が同じ価値と評価する限り,(A)収益を全て配当して次期の投資に必要な資金を再び新株発行で調達する法人と,(B)収益をいっさい分配せず,その留保利益を次期の資金として利用する法人は株主にとって同じ評価を受けるだろう(*2)。

 ただし新興の成長企業にとっては,法人に蓄積された留保利益より投資に必要な資金量が大きくなることによって,資金を内部留保のみで調達することができない場合がある。そのような場合には新株発行で資金を調達するしかないので,課税が存在しない場合にも,経済全体で調達比率が50%で落ち着く,ということはないだろう。すなわち景気がいいときなど内部留保のみでは資金が不足する法人が増えると考えられる時期には,内部留保よりも新株発行で資金調達する法人が増えることになるだろう。

 課税が存在するとき,配当の税負担と内部留保の税負担が新株発行か内部留保かの選択に影響する。

 重要なのは,株主が1単位の税引後内部留保と1単位の税引後配当とを等しく評価することである。法人税と所得税が課せられる結果,配当に対する合算した税負担と内部留保に対するそれとが異なると,税引き前で1単位の配当と1単位のキャピタルゲインは,税引後の収益率で判断する株主にとって同じ価値と評価されない。配当の税負担が相対的に高いときは,法人は配当せず内部留保することによって,配当したときに比べて税引き前必要収益率を低くすることができる。その場合には投資政策を所与とすると,配当を減らし新株発行で調達する金額を少なくすることを経営者,資本家のいずれも好むだろう。逆に内部留保の税負担が高いときは配当の増加を通じて新株発行が促進される。

 古典的法人税でキャピタルゲインが実現段階課税の場合,配当の方が内部留保より重く課税されるから,配当が抑制され,その結果新株発行も減少することになる。

 以上のことから,配当の税負担と内部留保の税負担が等しいときに新株発行と内部留保に関する課税の中立性が達成できるだろう。

第4節 負債調達比率

 負債調達比率は,法人に債権者として資金を提供するか,株主として資金を提供するかの選択に関する問題である。

 負債の資本コストは,課税が存在しない場合,均衡において利子率となるだろう。課税が存在すると,利子に対する税負担が増大する分,同じ税引後収益率を資金提供者にもたらすために必要となる税引き前収益率,すなわち資本コストが高くなる。

 配当の税負担と内部留保の税負担が等しく,法人が新株発行または内部留保で資金を調達することが株主にとって無差別となっているなら,負債を選択するか,新株発行または内部留保を選択するかは,負債の税負担の値と,配当または内部留保の税負担によって決まると考えられる。また,配当と内部留保の税負担が異なるときは,負債の税負担と,配当の税負担と内部留保の税負担の加重平均(これを自己資本の税負担と呼ぶことにする)とが比較されることになる。

 すなわち,自己資本の税負担は,配当または内部留保の形をとる収益の分配に影響し,課税がないときと同じ収益率を株主にもたらすためにより高い税引き前収益率を必要とする。したがって負債の税負担が自己資本の税負担より低いとき,新株発行する代わりに負債で資金調達すると,必要とされる税引き前収益率を低下させることができ,資金調達する法人にとって有利となるだろう。逆の場合は,負債の代わりに新株発行するか内部留保で投資資金を調達することが有利となる。

 したがって,利子の税負担と自己資本の税負担が等しくなるときに負債か自己資本かの選択に中立となるだろう。

 結局,利子に対する税負担,配当の税負担,および内部留保の税負担が全て一致するとき,課税の法人の資金調達に対する中立性が達成できる。

第2章 日本における二重課税の調整

 日本では配当の二重課税について法人−個人間配当は配当税額控除,法人間配当は受取配当益金不算入によって調整している。差し当たりキャピタルゲインを無視するとしても,これは負債と株主資本との選択に中立となるのに十分なものなのだろうか。

第1節 配当税額控除

 この部分統合方式は,株主の受取配当について税額控除を受けられるようにする方式である。利子の税負担は所得税の限界税率になる。配当の税負担は次のようになる。

 まず,法人段階で法人税tcで課税される。残りの(1-tc)が個人株主に分配され,その分配された(1-tc)について所得税の限界税率tmで課税される。しかし(1-tc)aだけ税額控除を受けることができる(ただしaは受取配当に対する税額控除の割合とする)から,その分負担が軽くなる。そうすると配当の税負担zdは,次のようになる。

zd=tc+(1-tc)(tm-a)

 この制度の下では,tm=tc=1かtm=tc=aのとき,税負担が一致する。tm=tc=1の場合は考慮する必要はないだろう。

 tm=tc=aということは,個人の限界税率と法人税率が一致し,さらに受取配当に対する税額控除比率が限界税率または法人税率と一致しなければならないことを表す。税額控除割合は個人間で一律であり,法人税率と等しくすればよい。しかし限界税率は個人間で異なるから,任意の個人投資家について税負担を一致させることはできない。また,平均的に負担を等しくすることができるかもしれないが,そのような平均的な税率をどのようにして求めるか,という問題がある。

第2節 受取配当益金不算入

 資金提供者が利子,配当を得るために利払いが必要なとき,この利払いが法人税の課税ベースから控除できるなら,資金需要者たる法人と資金供給する法人とで法人税率が等しくても,どちらで課税されるかによって税負担が異なることになる。すなわち経営者の側で課税されるなら,資本家から見て所得ではなく,収入に課税されることを意味する。

 よって,利子が資金供給者の側で課税されるなら,配当,内部留保も同じように資金供給者の側で課税されなければ税負担を一致させることはできない。

 そのため,現在の日本で行われている受取配当益金不算入制度は,利子について資金を提供し,収益の分配を受けた法人で課税する一方,配当について実物投資を行った法人で課税するから,任意の法人について利子の税負担と配当の税負担が一致するとはいえない。

第3章 諸提案

 以上のように,日本で行われている配当の二重課税の調整は十分ではない。以下では近年提出された2つの提案について検討する。

第1節 包括的事業所得税

 米国財務省による包括的事業所得税(Comprehensive Business Income Tax, CBIT)は,法人税と所得税の統合に関する提案であり,負債と自己資本,法人事業と個人事業とで課税上の扱いを等しくすることを意図している(*3)。

 CBITは,法人の自己資本から生み出される所得に対して,二重課税を除去するだけでなく,負債で資金調達して生み出された所得と同じ扱いを適用する。

 「CBITの下では,事業所得の分配は一般的に,それが配当または利子のいずれの形式であっても投資家の受け取り段階では課税されない。全ての事業主体の所得は,法人,個人事業形態を問わず,事業主体段階において一律31%(個人所得税の最高税率)で課税される。CBITの課税ベースは一般的に現行法における法人税と変わらないが,利払いの控除を許さず,CBITの対象となる事業主体からの配当および利子の受け取りが課税ベースから控除される点が異なる。

 個人投資家にとっては,利子,配当,内部留保のいずれも,キャピタルゲインの課税がない限り,同じ税負担となることが保証される。したがって資金調達に関する中立性は完全に達成できる。一方資金提供者が法人の場合にもその税負担はどのように投資収益が分配されても等しくなるから,資金調達について中立となる。

 ところが,法人からの投資収益の分配に一律の税率が適用されるから,他の所得が少なく,限界税率が低い個人にとっては負担が大きくなることになる。これは,個人間の公平性という観点から見て適当とはいえない。この問題は日本の税制が利子,配当所得に一律の税率を適用することによって他の所得が多く,限界税率が高い者にとって有利となっている状況に似ている。

 U.S. Department of the Treasury [1992]は,そこで株主や債権者の限界税率が31%より低い場合には,税額控除が受けれるようにすることも提案している。その方法は次の通りである。

 まずCBIT事業者は一律31%の税金を支払う。こののち株主または債権者に分配がなされると,資金提供者の限界税率が31%より低い場合には,税引き前の金額にグロスアップして株主の限界税率を適用する。そしてその算出された税額と法人段階での支払税額との差額を税額控除することができる。

 これは結局のところ,利払いまで拡張したインピュテーション方式ということができる(*4)。すなわち通常のインピュテーション方式は,利子を法人段階で損金扱いする一方で配当を法人段階でいったん課税し,その後個人段階で株主の限界税率を適用するように調整するが,CBITは利子,配当の両方を法人段階で課税し,個人段階で限界税率を反映するように調整することになる。

 しかしながら,低所得者層の調整を行うと,こんどは内部留保について調整がなされないから,相対的に内部留保に対する税負担が重くなる。これはCBITの税率が個人所得税の最高税率であることから,低所得者層にとっては「常に」内部留保が不利となる,ということを意味する。

 結局,CBITは個人間の公平性を考慮すると,資金調達に関しては完全に中立となるわけではない。

第2節 自己資本控除制度

 イギリスの法人自己資本控除(Allowance for Corporate Equity, ACE)は,法人間の資金調達について中立となるような法人課税制度である。

 負債で資金調達するときの正常報酬である利子について法人の課税ベースから控除を認める一方で,株主資本に係る正常報酬について控除を認めないと,配当,キャピタルゲインの受取り手に課税することが二重課税をもたらす。そのとき利払いで収益を分配する方が経営者,資本家の双方にとって有利で,そのため負債による資金調達を奨励することになる。ACE制度は株主資本の正常報酬にも利子と同じように控除を認めるのである。(*5)。

 ACE制度で自己資本控除として控除されるのは,実際に株主に支払われた配当ではない。利子,配当のみ課税ベースから控除すると,内部留保の税負担が相対的に重くなるからである。そのためACE制度では,企業内で再投資されるために追加された資金を「株主資金」として,この株主資金に自己資本控除の率を適用する。

 「自己資本控除は,そうすると株主資金の期首の価値に適当な名目利子率を乗じて計算される。我々は,最もふさわしい率は,中期国債(medium-term gilt)であると考える。それは自己資本による投資の中期的な趨勢を反映するからである。

 ところで現行の税制はキャピタルゲインについて実現したときにのみ課税されるから,キャピタルゲインの実現と納税について延期しようという誘因が働き,キャピタルロスが生じているときは逆の誘因が働く。ACE制度では,納税の延期による利益を相殺するように自己資本控除が働くため,長期的にキャピタルゲインの実現を遅らせようという誘因が働かないようになっている。そのため配当のみならず,キャピタルゲインを考慮しても負債と株主資本との選択に関して中立足りうる。

 しかし株主資本の正常報酬を現実の国債利子率で測定するため,実際には資金調達の中立性という目標を達成するには不十分である。なぜならば,負債に関しては短期になるほど利子率が低くなると考えられるから,短期の借入金と比較すると負債金融が有利になり,長期の借入金と比較すると自己資本金融が有利になるからである。したがって任意の資金調達活動について中立とはならない。

 また,ACE制度は法人課税に関するものであって,個人課税に関するものではないから,個人所得税としてどのような制度を組み合わせるかによって,個人が資金提供するときの影響が変わることになる。

結語

 現在の日本の法人所得の二重課税の調整は資金調達に関して中立となるには不十分なものである。米国財務省が提案した包括的事業所得税は,資金調達方法の選択に関して課税の攪乱作用をなくすことができ望ましいものである。また,日本では源泉徴収制度が広く実施されているから,実行可能性という点でも問題があるようには思えない。

 したがって法人税制度および個人所得税のうち事業に関する部分を包括的所得税に移行することが望ましいと考えられる。

 本論文は平成9年度近畿大学大学院経済学研究科に提出した修士論文の一部である。本稿をまとめるにあたり指導教授今西先生のご教示を頂いた。記して感謝申し上げる。

脚注

  1. 本間[1994], pp. 299-300
  2. OECD [1992], pp. 25-26
  3. U.S. Department of the Treasury [1992], pp. 40-41
  4. 今西[1994], pp. 183-184
  5. IFS Capital Taxes Group [1991], pp. 19-20

参考文献


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